Still Bill/Bill Withers(docuramafilms DVD)
涙ものの映像だった。80年代半ばからミュージック・シーンの表舞台からほぼ引退しているようなビル・ウィザースのDVDだ。なかなか日本で入手できなかったので、先日日本に帰ってきた山岸におみやげに持ってきてもらった。
素晴らしいシンガー&ソングライターであるビル・ウィザースを知ったのは、初めてアメリカへ行った70年代半ばだった。ラジオからクール&ザ・ギャングやオージェイズに混じって、彼の"Lean On Me"や"Use Me"が時折流れてきた。ストレートで飾り気のない実直な歌声は、きらびやかな曲が続くソウル・ステーションの中でやたら心に残った。曲も詞も歌もサウンドも大袈裟なところがひとつもなく、ゴスペルやブルーズのシンプルさをどこかに持った私好みのものだった。
そして、ロスのレコード店で見つけたのが彼のカーネギー・ホールでの2枚組ライヴ盤"AT CARNEGIE HALL"だった。このアルバムは私の愛聴盤の中の愛聴盤だ。ほとんど持っている彼のアルバムの中でもいちばん好きなアルバムであり、たくさんある好きなライヴ盤の中でも5本指に入るライヴの1枚だ。ドラムのジェイムズ・ギャドソン、ベースのメルヴィン・ダンロップはじめビル・ウィザースのバックを務めるのにふさわしいクールで、グルーヴィな理解者たちに支えられてビルの歌が聴く人の心の芯にまで染み入ってくる。アルバム・ジャケットを見ると、カーネギー・ホールという大きなホールにも係らず、楽器を置いただけの簡素なステージの様子が写っている。それがすでにビル・ウィザースという人を物語っている。ステージ衣装もきらびやかなという言葉からは遠いものだ。それも彼が表現したい音楽と一致している。
思い返してみれば、日々の生活や家族や友達、そして弱者へのおもいやりを歌った彼の歌は、このDVDの中で語られる「音楽がすべてじゃないんだ」という彼の言葉と繋がっている。音楽と同じように大切なことはたくさんある・・・そう、私も思う。
元々、工場労働者だった彼が慎ましい暮らしの中から、普通の人間の視点で作ったのが彼の音楽だった。デビューが32才。最初は自分で歌うつもりではなく、誰かに歌ってもらおうとソング・ライターを目指していたという話から、派手な表舞台も元々は苦手だったのだろう。
そして、70年代の終わり頃から、ショー・ビジネスの中で強いられる自分らしくないことに彼は耐えられなかったし、逆に彼が要求していることをショー・ビジネス側は受け入れなかった。彼のような才能にあふれた人でも自分の思うようにはできないのかと少し驚いた。でも、彼は音楽を捨てたわけではなく、音楽を志している娘の録音をサポートしながら、その娘の歌声に涙してしまう。その涙は娘への想いと同時に音楽への想いだろう。
そして、子供の頃吃りだった彼は吃りの子供たちの歌声に心を揺さぶられてラウル・ミドンと録音を始める。
彼は自分の日々の暮らしの中で、そうやって音楽を続けている。
当たり前のことだが、華やかな場所にあるものだけが音楽ではない。
華やかな場所から発せられた音楽ばかりが自分たちのところに否応なく届くような音楽シーンのシステムだが、そうではない場所で素晴らしい音楽を続けている人もたくさんいる。
ビル・ウィザースからもそういう場所からの音楽を届けてもらった気がする。
最後に晩年のコーネル・デュプリーのステージに上がり、"Grandma's Hands"を歌うシーンがある。
声は少しも衰えていなかった。変わらず誠実で温かい歌声・・・・・・いい曲・・・・涙。
彼の新しい曲を、新しいアルバムを待ちたいと思う。
是非このDVDを日本盤で出してもらってたくさんの人に観てもらいたい。