Etta James "The Dreamer"(Verve Forecast 0602527831893)
去年の11月にエタ・ジェイムズのニュー・アルバムがリリースされ、それがどうも彼女の最後のアルバムになるらしいという記事が雑誌に出た。それはどうも本当らしい。アメリカのネットを検索しても落ち込んでしまうような情報ばかり目に入ってくる。何年も前から彼女がいくつもの病に冒されているという話は聞いていたが、これが最後か・・・。
現在74才になる彼女は10代の初めから歌っているから60年近く、レコーディング・キャリアだけでも55年は歌い続けていることになる。黒人音楽の歴史に残してきた功績を考えても、もう引退しても誰も文句はいわないだろう。しかし、最後だと言われるこのアルバムを聴いてもまだ彼女は歌える。
もちろん、全盛期のような聴く者を完膚無きにまでに圧倒するあのエナジーはない。往年なら龍のようにさあ〜っと高音域に上りつめて、しばらくハイ・テンションをキープして聴く者を離さなかったが、もう彼女はそのテンションには行けない。上りつめていく声は出ない。年老いたのだ。
かと言って、歌唱の技巧でそれっぽく歌おうとはしない。年老いた歌手としての自分を充分に知った上での歌がここにある。ひとつひとつの歌を丁寧に、慈しむように歌うエタ・ジェイムズがいる。彼女のリアルな誠実な歌声が私の耳に届いてくる。
ドロシー・ムーアの有名曲"Misty Blue"、オーティス・レディングの"Cigarretes & Coffee"、リトル・ミルトンの"Let Me Down Easy"などは、無理にテンションを上げないでじっくりと繊細に歌う彼女の中低域の歌声が、歌に深い説得力を持たせている。
そして、彼女がこのアルバムについて「すべての曲がブルーズ」と言っているように、その奥底に流れているディープなブルーズ・フィーリング。この感覚こそ彼女の持ち味だ。
最後だと思って聴いていると、いままで彼女のアルバムや映像が想い出され、そして私にとっては1975年のロスのクラブ「ライトハウス」での素晴らしいライヴが心に浮かび落涙しそうになる。
老いていくシンガーの美しい歌を聴き、老いていくシンガーの美しい姿を見せてもらった。
でも、これで終わりにはしたくないので「おつかれさま」とは言いたくない。
もう一枚、さらにもう一枚、エタ・ジェイムズがアルバムを届けてくれる日を待ち続けたい。