高峰秀子は私にとってリアル・タイムの女優さんではない。
私が高校に入り映画研究部で小難しいヨーロッパ映画を好きになり、ジャンヌ・モローの写真を定期券入れに忍ばせていた頃、高峰秀子は映画出演が少しずつ減っていった時期だった。名画座のようなところで彼女が主演の「乱れる」や「女が階段を上がる時」、「名もなく貧しく美しく」などを観たのは、20才すぎてからだ。
いちばん記憶に残っているのは「乱れる」。切ないストーリーだったが、高峰秀子の押さえた色香が後半に向かってスクリーンに広がっていき、当時年上の女性好みだった私は、映画館を出てからも彼女の魅力にしばらくぼ〜っとしたままだった。色香を売り物にした女優さんではないのに、美しさの奥に甘い女の匂いを潜ませているきれいな女優さんだった。
その高峰秀子が書いたこの本「私の渡世日記」が面白いらしいと知ってからかなり年月が経っていたが、去年の師走から年始にかけて全2巻を一気に読んだ。
天才子役と言われた幼少時から映画にずっと第一線で出演していた彼女のこの半生記は1930年代からの日本の映画史でもある。
小津安二郎、山本嘉次郎、木下恵介、山本薩夫、成瀬巳喜男、マキノ雅弘、市川崑など日本の名監督と実にたくさんの名画を残した彼女の歴史が生き生きとした文章で書かれている。名女優であると同時に素晴らしい名エッセイストでもある。