監督のマイク・フィギスの略歴を読むと88年に「ストーミー・マンデー」という映画を発表しているが、私は観ていない。タイトルがブル−ズマン、T.ボーン・ウォーカーの有名な曲だけに気になる。今度ビデオ屋で探してみよう。ニコラス・ケイジが主演した95年の作品「リービング・ラスベガス」は観た。確か脚本家の男(ケイジ)がアルコール依存症になってしまい、仕事をクビになり、それなら酒を飲んで死んでやろうと享楽の街ラスベガスへ行く。そして、そこできれいな娼婦に恋をして・・この先を覚えていない。いっしょに死ぬんやったかなぁ・・。ラスベガス舞台の映画だから監督はアメリカ人と思っていたら、イギリス人だった。実は今回の「レッド・ホワイト&ブルース/RED
WHITE & BLUES」は、50年代のイギリスにブルーズがどのように上陸し、広まり、ジェフ・ベック、エリック・クラプトンはじめ多くのブリティッシュのミュージシャンにどんな影響を与えたか、そしてそこからどんな風に彼等がブリティッシュ・ブルーズ、ロックを作り上げていったかを追うドキュメント・タッチになっている。
監督は1948年生まれだから、10代でビートルズやストーンズそしてクリームやジミ・ヘンドリックスをリアル・タイムで、しかもイギリスで体験したのだろう。「リービング・ラスベガス」では音楽も担当しているから、音楽にもかなり興味はもっている人だろう。
さて、映画「レッド・ホワイト&ブルース」はジェフ・ベックとトム・ジョーンズがふたりでジャムしているところから始まる。ジェフ・ベックは60年代初期にヤード・バーズのギタリストとして登場し、クラプトン、ジミー・ペイジと並んでブリティッシュ3大ギタリストなどと呼ばれた。その後ジェフ・ベック・グループを結成し「ベック・オラ」「トルース」などいい作品を残し、ソロ名義になってからも「ブロウ・バイ・ブロウ」「ワイヤード」などロック史上に残る名作を発表してきた素晴らしいギタリストだ。映画の中身を書けないのがつらいところだが、かなり多くの場面で聞けるベックのギターにこの人のブルーズへの深い想いとブルーズ・ギターへの探究を改めて感じた。
そして、そのジェフ・ベックのとなりの黒い皮のジャケットを着て歌っている、北島三郎一家とも思えるパンチパーマ風の脂っこいおっさん、トム・ジョーンズにはちょっとびっくりした。トム・ジョーンズは60年代中後期にイギリスで人気のあったソロ・シンガーで、この映画でもわかるようにかなりコテコテに歌う人だ。プレスリー風のセックス・アピールのある芸風で絶頂期には米英のお姉さんたちに「イギリスの種馬」とも呼ばれていた記憶がある。なぜびっくりしたかと言うと、60年代のブリティッシュ・ブルーズ、ロックのブームの中でこのトム・ジョーンズはいわゆるポップスの部類に入り、ロックを追い求めていた私のような青少年にはただのポップス歌手でしかなく、ブルーズ・ルーツのロックからは離れた存在だったからだ。日本で言えば尾崎紀世彦みたいな人かな。それでも「ラヴ・ミー・トゥナイト」とか「デライラ」といった彼のヒット曲を私が覚えているのは、その豪快かつネチネチの唱法と腰クネクネの存在感からだ。しかし、この映画で彼もブルーズに精通したミュージシャンだったことが初めてわかった。映画後半に出てくるルルという女性シンガーも、60年代イギリスのただのポップ・シンガーと思っていたが、レイ・チャールズの"Drown
In My Own Tears"を歌っているのを聴いてわかるように、ブルーズゃR&Bの下地をしっかりもっている。
60年代初期、イギリスに吹き荒れたブルーズの嵐がどのくらい大きなものだったかがそれだけでもわかるが、映画に出てくるクラプトン、スティーヴィー・ウィンウッド、エリック・バードンはじめ多くのミュージシャンの証言で更に明らかにされている。ジョージ・フェイムなんか出てきたのも嬉しかった。
ジョージ・フェイムは日本ではほんとに知られていない存在だが、イギリスのミュージック・シーンを語る上では大切な人だ。60年代の初期に「ブルー・フレイムズ」というグループを結成し、ブリティッシュR&Bのシーンの先頭に立ち60年代中ごろに「イエー・イエー」「ゲッタウェイ」(確か両曲ともイギリスのチャート1位になったはず)というヒットも出したキーボード奏者&ヴォーカリストだ。
そして、映画冒頭のジェフ・ベックとトム・ジョーンズのシーンの後に出てくる小太りの真面目そうなおっさんがヴァン・モリソンだ。ヴァン・モリソンもイギリスの偉大なミュージシャンだが、日本ではあまり話題にならない。60年代に彼は「ゼム/THEM」というバンドを結成していた。レイ・チャールズはじめ黒人R&Bに影響を受けた彼のヴォ−カルはスティーヴィー・ウィンウッド、エリック・バードンと同様に素晴らしいものだったが、それが19か20才の声とは思えない図太さだった。バンドもいいバンドだったが、とにかくモリソンの声は耳に残るほど印象的だった。この映画の中でも粘着性のあるネバネバの歌を聞かせてくれている。
映画では2002年に収録されたスタジオでのセッション(ジェフ・ベック、トム・ジョーンズ、ジョン・クリアリー、ヴァン・モリソンなど)を中心に、クラプトン、ジョン・メイオール、ロニー・ドネガン(!)などのインタビューを挟み、イギリスにいかにしてブルーズが広まっていったかを追っていく。途中、マディ・ウォーターズ・バンド(ジェイムズ・コットン、オーティス・スパンなど)の60年代のフィルムも現れるが、なんと言っても驚くのはゴスペルのシスター・ロゼッタ・サープがクアイアをバックにギターを弾いて歌うフィルムが出てくることだ。歌もさることながら、その強烈なギターの躍動感はまさに圧巻!この映画の中でも語られているように、マディやロゼッタ・サープはじめ多くのブルーズマンたちが、50年代終りからイギリス公演に出かけたこともブルース・ブームに火をつけた一因だった。まあ、その辺の話は映画でじっくり味わってください。そして、B.B.キングが語ように、ブルーズが白人層からやがて世界へ広まっていったきっかけを作ったのは、この映画に登場するイギリスのミュージシャンたちの活躍によるところが大きい。
いかに多くのイギリスのミュージシャンたちがブルーズを愛し、そして真摯にブルーズに取り組んだかがよくわかる映画だ。そして、ブルーズなくしてロックは生まれ得なかったとわかる映画でもある。 |