「レフティ(左利きの人)は器用だ」と思っているのは私だけだろうか?例えばロックならジミ・ヘンドリックス、ポール・マッカートニー、ブルーズマンならオーティス・ラッシュ、野球選手ならいまは監督の王さん、現役ならイチロー、私の周りにいる人ならギターの森俊樹、ドラムの松本照夫・・と、器用な人が多いように思う。
そして、不器用な私は昔からレフティに少なからず憧れを抱いている。ところが、このアルバート・キングはレフティなのに、失礼ながらあまり器用とは思えないのだ。
歌がテクニック的にすごく上手いという訳でもなく、ギターもその音を追いかけていくと使われているフレイズは決して多くはない。いや少ないと言った方がいいかも知れない。だが、彼のブルーズは強烈に聴く者の心に残る。クラプトンやレイボーンはじめ多くのギタリスト、ブルーズマンが盛んに彼のギターをコピーしたのはテクニカルなことを得ようとしたのではなく、どうしても弾きたくなるブルーズの本質がそこにあったからだと思う。そして、それはブルーズ・ギターのもつ決定的な美しさとも言える。
まず、このアルバムのタイトルである1曲目"Born Under a Bad Sign "を聴いてみよう。スティーヴ・クロッパーのギターとドナルド・ダック・ダンのベースのユニゾンのフレーズが始まり、ドラムのアル・ジャクソンのスネア−が一発入るそのイントロだけで聴くたびに「かっこいい!」と、いつも大声を出してしまう私だ。クロッパー、ダック・ダン、アル・ジャクソン、そしてギーボードのブッカー・T・ジョ−ンズ、つまりこのアルバムの核となっているのは当時飛ぶ鳥を落す勢いのスタックス・レコードのリズム隊であった「ブッカー・T&MG's」だ。ホーンは鉄壁の「メンフィス・ホーンズ」。要するに60年代の南部の最高のスタジオ・ミュージシャンたちを配してこのアルバムは作られている。それは同時に60年代中後期、北のモータウン・レコードと競った最先端のブラック・ミュージックのサウンドのひとつであり、これは当時最も新しいブルーズ・サウンドだったと言える。そして、ただアルバートにブルーズを演奏させそれを録音したのではなく、1曲1曲しっかりとアレンジが施されていることも忘れてはならない。つまり素晴らしいバック・ミュージシャンと、作曲やアレンジの優秀なスタッフを得たことがスタックスでのアルバート・キングの成功の大きなポイントだった。また、これ以降70年代ファンク・ブルーズでのアルバートの成功にも通じるのだが、アルバート・キングという人は意外とその時々の流行りのサウンド、リズムにハマってしまう不思議な柔軟性をもっていた点も見逃せない。その柔軟性はこのアルバムでも垣間見れる。
1曲目のような重い8ビートから、2曲目"Crosscut Saw"のラテン調のリズム、3曲目の軽快なシャッフル"Kansas
City"、7曲目のあっさりしたバラード"I Almost Lost My Mind "そして最後のスタンダードの"The
Very Thought of You"までも一応きっちりハマっている。しかし、彼の本領はやはり"Born Under a Bad Sign "や8曲目のスローブルーズ"Personal
Manager"だろう。その"Personal Manager"ではアルバートのグルーヴにぴったりと付いていくアル・ジャクソンの素晴らしいドラムがより一層アルバートのテンションを上げているのがよくわかる。これはアルバートの名演のひとつだ。そしてこの8曲目と続く9曲目のスロー" Laundromat
Blues"ではアルバートのギターが全開している。強引にギターの弦を締め上げるチョ−キングで押さえ付けられた音は歪み、思わず「お代官様、そんな御無体な!」と言いたくなる。しかし、アルバートお代官は「うるさい!生娘じゃあるまいし・・・」と同じひとつの音を4回、5回と強烈にチョ−キングする。そして「イケてるやんかオレ」とばかりに途中で「ホウッ!」などとお代官は軽く叫ぶ。そして、その「ホウッ!」の後にまた情け容赦のないチョーキングが・・・・。聴いているこちらは生娘じゃないけどもう「あれぇ〜〜」と、なす術もなくなってしまうのだ。つまり彼のギターはフレイズは少ないのだが、ジェット・コースターのようなアップ&ダウンと見事なタイミングで聴くものを飽きさせない魔術をもっている。また、その強烈なギターとは対照的に「スモーキー・ヴォイス」と言われるその少しくぐもった声で歌われる彼のクールな歌が、いなせで男っぽくていいのだ。
68年にエリック・クラプトン在籍の「クリーム」がこの"Born Under a Bad Sign "をアルバム"Wheels
Of Fire"に収録した頃から、アルバート・キングの名前は急速に白人ロック・ファンの間で知られていった。そして以後はサンフランシスコのロックの殿堂「フィルモア・ウエスト」にも何度か出演し、68年にはその「フィルモア・ウエスト」でライヴ録音したアルバム"Live
Wire/Blues Power"を発表している。その中の語りを混じえた長いスロー・ブルーズ"Blues Power"での圧倒的なギター・ソロなどに、白人の若者たちがブルーズ洗脳された時代でロックは完全にブルーズロックの時代へと入っていった。ブルーズロックに与えたアルバートの影響はかなり大きなものがあったと言えるし、いまでもロックからブルーズへの入門にアルバートがきっかけとなるミュージシャンは多い。
軽くアルバートの経歴を見てみると、初レコディングは1953年シカゴのマイナー・レーベルで行われているが、この頃はまだ個性的なものは感じられないしヒットもしなかった。その後、セントルイスに移って活動し始めた頃からのちに完成するダイナミズムあふれる独自のスタイルを次第に築き上げていく。59年に契約したボビン・レコードからリリースされたシングル"Let's
Have A Natural Ball"や"Don't Throw Your Love On Me So Strong"あたりを聴くと、豪快なチョ−キングを入れた彼の個性的なギター奏法がほぼ完成されているのがわかる。この時期のアルバートが一番とするファンも多いが、私はやはりその後の「スタックス・レコード」で残した彼のブルーズの方に軍配を挙げたい。その中でもまずこのアルバム"Born
Under a Bad Sign "だろう。ここには彼の個性であるファンキーさや泥臭さやクールさが実にうまくブレンドされている。タイトルのBad
Sign(悪運)から考えだされたジャケットの黒猫やドクロや13日の金曜日を配したデザインはどこかおちゃめで笑ってしまうが、これは間違いなくブルーズ史に残る名盤だ。60年代後半から70年代中ごろにかけてスタックスの優れたミュージシャン、スタッフたちによって作られたアルバートのブルーズは、時代性という点では3大キング(B.B.King,Freddy
King)のあとのふたりのキングよりもひとつ前に出ていたと思う。92年に69才で彼は亡くなってしまったが、矢形のギブソン・フライングVを大きな肩に掛けて、愛用のパイプをくわえ堂々とステージに登場する勇姿は実にかっこいいものだった。
最後に私の想い出です。1978年アルバート・キングがB.B.キングと対バンで来日した際、京都円山音楽堂のコンサートで私が急に司会をやることになった。B.Bには言わずと知れた"The
King Of The Blues! B.B.King!"という呼び込みの名文句があるのだが、アルバートをどう呼び込もうかと悩んだ末ステージ直前に"The
King Of The Blues Guitar!"というのが何かのアルバムにあったことを思い出し、咄嗟にそれを使った。その時に2メートル近くある巨漢のアルバートがにっこり笑ってくれてほっとしたことは忘れられない想い出だ。あの時変なこと言ってたら巨漢アルバートに殴られて私は・・・。そして、もうひとつ。サウンド・チェックしている時にB.Bとアルバートがステージ前に腰かけて、B.Bが持ってきた日本の豆をふたりでポリポリ食べて何やら話していた。ラフでタフなブルーズ人生を歩んできたふたりの偉大なブルーズマンが、4月の暖かく優しい陽射しの中笑いながら話していたそのほのぼのとした光景を私はいまも時々思い出す。
「Born Under a Bad Sign」曲目
1.Born Under a Bad Sign 2:47
2.Crosscut Saw 2:35
3.Kansas City 2:33
4.Oh, Pretty Woman 2:48
5.Down Don't Bother Me 2:10
6.The Hunter 2:45
7.I Almost Lost My Mind 3:30
8.Personal Manager 4:31
9.Laundromat Blues 3:21
10.As the Years Go Passing By 3:48
11.The Very Thought of You 3:46
★入門のベスト盤としては、初期のボビン・レコード時代そして黄金のスタックス時代をセンスよく選曲したライノ(RHINO)レコードの"The
Very Best Of Albert King"をお薦めします。
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